てのひらの暮らし~自分の手におさまるくらいがちょうどいい

モノを捨て、キラキラを身に着けたらお金が貯まるようになった専業主婦のブログです。

#120 人のモノを捨てるのってつらい

今、少しずつ夫が独身時代に集めていたCDをフリマアプリで売っています。

段ボール一箱分あり、今やっと半分くらいまで処分しました。

その作業のつらいこと(>_<)

 

人のモノを捨てることの難しさ

何が辛いって、全然大切にしてなかったことがつらいんです。

夫のCDに関しては、

歌詞カードがどこに行ったのかわからないのが数十枚ある

ケースがホコリまみれで手がすぐ汚れる

CDが傷だらけで全曲チェックに時間がかかる

逆に全く開かれていない無傷のモノもある

 

 

つまり、全然大切にされてないんですよ。

大切にされていないから、足りないパーツがあったり、触るのも嫌なくらい黒かったり、買ったことすら忘れ去られているものもある。

自分が買ったモノじゃないから、価値がわからない。

しかも、大切にされてなかったばかりか、捨てるときも人任せで、他人の時間と労力と精神力を奪っている。

特に、精神的に来ます。

まだこんなにあるとか、一体いつ終わるんだろうとか、なんで尻ぬぐいを私がしなきゃ行けないんだろうか、とか。

見るたびにため息が出て、嫌に気持ちになります。

CDの動作チェックも何十枚とあり、私が今聞きたいのは夫の古いCDじゃなくて自分のCDなんだけどな、と思います。

かといって全捨ては怒られる。

これのもっと規模の大きいのが遺品整理じゃないでしょうか?

 

モノには魂が宿るから厄介

日本では古来からモノには魂が宿ると言われています。

人形の髪が伸びたとか、人形が涙を流したとか、針供養、どんど焼きなんかもありますよね。   

モノをモノとして見られればいいですが、たいていはモノにその人の気持ち、思い出、手に入れたときの喜びなどがインプットされます。

だから、捨てようと思って手に取ると、想い出が蘇ってきたりして捨てにくいんですよね。

夫の家族はその傾向が強く、亡くなった義父さんが高校時代に使っていた参考書や、独身時代におじさまが読んでいた100冊を超える本など、まだ取ってあります。

いつかあの家が空き家になったら、私が片付けるのかと思うと本当に嫌な気持ちになってきます。

 

逆に私の家族は熱しやすく冷めやすい、潔いタイプ。

モノはとっかえひっかえいろんなモノを買ってはすぐ捨てる。

祖父が亡くなったときはみんな四十九日が来るのをうずうずしながら待ちわび、法要が終わったらすぐその場で遺品整理、形見分けが行われ、笑顔で終了しました。

やっと捨てられたね、といった雰囲気でした。

 

どちらのタイプがいいのか。

どちらにせよ、夫はモノを捨てられず大切にもしないタイプ。

私は熱しやすく冷めやすい、常に断捨離をしてモノを入れ替えるタイプ。

だから、CDひとつにしても捉え方が違います。

 

人のモノを大量に処分して思うことは、

私は常に必要最小限でありたい

ということ。

いつ死んでもいいように、他人の手を患わせないように、自分の時間を無駄遣いしないように、モノは少なくていいな、と思います。

カズオ・イシグロの小説「私を離さないで」のように、理想は死ぬときにお菓子の箱一つ。

今日も、明日も、そんな生き方が出来るようにモノを見つめ直します。